日本史ノート
2012年2月25日土曜日
福門院和子と琳派の誕生
2代将軍徳川秀光の娘、福門院和子は後水尾天皇に嫁入りしたが、幕府嫌いの後水尾天皇とは、不仲だった。
和子は、そのストレスを着物を買うことで満たした。
和子の着物を一手に引き受けていたのが、雁金屋であった。この家から尾形光琳が出て、後の琳派の誕生となった。
秩父平氏と江戸
太田道灌が江戸に江戸城を築くまで、江戸を中心とするこの地域は、秩父平氏が支配する地域だった。
秩父平氏は、いくつかの氏族に分かれていた。江戸市、葛西氏、豊島氏など。
江戸時代の農業革命
室町時代(1450年頃)を100とすると、江戸時代初期(1600年頃)には172、江戸時代中期(1720年頃)には、313という規模で農地が拡大した。
拡大した農地を耕す人の確保が大きな課題だった。これが、自立農家を生み出した。
農地の拡大が止まった後は、農業技術が発展し、江戸時代初期に50%だった税率は、江戸時代中期以降は、30%ほどになった。
この農業革命が、江戸時代の大衆文化を生み出した。
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